全ての始まりは、十二月の、凍えるように寒い、金曜日の夜のことでした。仕事から帰り、冷え切った体を温めようと、風呂場の蛇口をひねった、まさにその瞬間。壁に取り付けられた給湯器のリモコンが、不気味な電子音と共に、見慣れない「エラーコード」を点滅させ、沈黙したのです。何度、電源を入れ直しても、結果は同じ。蛇口から出てくるのは、心まで凍らせるような、冷たい水だけでした。その瞬間、私は、当たり前の日常が、いかに脆く、そして尊いものであるかを、痛感しました。お湯が出ない。たったそれだけのことが、これほどまでに、人間の生活を、そして尊厳を、根底から揺るがすとは。その夜、私は、真冬のキッチンで、やかんで沸かしたお湯と、冷たい水を、洗面器の中で混ぜ合わせながら、惨めな気持ちで、体を洗いました。翌朝、すぐにいくつかのガス会社や修理業者に電話をかけましたが、週末であることと、冬場の繁忙期であることが重なり、どこも「対応は、早くても来週の火曜日以降になります」という、絶望的な返答でした。その日から、私の、予期せぬ「銭湯通い」の日々が始まったのです。毎日、仕事が終わると、冷たいアパートには戻らず、タオルと着替えを詰めたカバンを片手に、夜の街を、銭湯を探してさまよう。広い湯船に体を沈めた瞬間の、あの天国のような心地よさ。そして、湯上りの火照った体で、再び、凍てつく夜道を、お湯の出ない我が家へと、とぼとぼと帰る時の、あの地獄のような虚しさ。その、天国と地獄の往復は、私の心と体を、確実に蝕んでいきました。そして、ようやく約束の火曜日。訪れた作業員の方から告げられたのは、「内部の基盤が、完全に寿命ですね。これはもう、交換しかありません」という、最終宣告でした。新しい給湯器の設置が完了し、我が家の蛇口から、再び温かいお湯が、勢いよく流れ出した時の、あの感動。私は、ただ、そのお湯に手を当てながら、当たり前の日常が戻ってきた奇跡に、静かに感謝しました。あの銭湯通いの四日間は、私に、インフラのありがたさと、そして、問題の先送りが招く、悲劇的な結末を、骨の髄まで教えてくれた、忘れられない教訓となっているのです。