全ての始まりは、些細な、しかし、今思えば明確な予兆でした。私が住む、築二十五年の一戸建ての、キッチンの床。ある時期から、特定の場所を歩くと、ミシッ、という音と共に、床がわずかに沈むような、奇妙な感触がするようになったのです。最初は、家の老朽化による、ただの床鳴りだろうと、高を括っていました。しかし、その違和感は、数ヶ月かけて、徐々に、しかし確実に、その範囲を広げていきました。そして、決定的なサインが現れたのは、ある梅雨の日のことでした。キッチンの隅、壁際に置いてあった、段ボール箱を持ち上げると、その底が、ぐっしょりと濡れて、カビが生えていたのです。そして、その下のフローリングは、黒く変色し、触れると、まるで湿ったスポンジのように、ブカブカとしていました。血の気が引きました。これは、ただ事ではない。私は、意を決して、床下収納の蓋を開け、懐中電灯を片手に、暗く湿った、未知の世界を覗き込みました。そこに広がっていたのは、信じられない光景でした。床下の地面は、広範囲にわたって水たまりになっており、土台の木材は、黒く変色し、水滴を滴らせています。そして、その水源は、キッチンシンクの真下あたりを通る、一本の古い銅製の給水管から、まるで汗をかくように、じわじわと滲み出している水でした。長年の歳月が、見えない場所で、静かに、しかし確実に、我が家の土台を蝕んでいたのです。すぐに、水道修理業者に連絡し、緊急の修理を依頼しました。床下での、困難な配管の交換作業。そして、濡れて腐ってしまった床材の、大掛かりな張り替え工事。最終的に、私の「まあ、いいか」という、問題の先送りが招いた、その代償は、決して安くはありませんでした。あの、床下の暗闇で見た、じっとりと濡れた土台の光景は、私に、見えない場所で進行する脅威と、家のメンテナンスの重要性を、痛いほど教えてくれた、忘れられない記憶となっているのです。